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福島地方裁判所 昭和59年(わ)317号 判決 1985年3月05日

主文

被告人大橋松雄を懲役一年六月に、被告人飯屋崎修太郎を懲役一年に処する。

被告人大橋松雄に対し、未決勾留日数中三〇日をその刑に算入する。

被告人飯屋崎修太郎に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人大橋松雄は、昭和二一年三月、福島県立旧制保原中学校を中途退学した後、家業の農業に従事していたが、昭和三〇年ころ、同県伊達郡霊山町農業委員会委員に初当選し、以後連続五期同委員を勤め、昭和三四年ころからは、衆議院議員天野光晴の私設秘書となつて、同人のため選挙運動等を行うようになるとともに、昭和四三年二月には、同町議会議員に初当選し、昭和五一年二月の同議会議員選挙では、三期目の当選を果たすなど地方議員としても活動していたものであるが、同年一二月五日施行の第三四回衆議院議員総選挙に際し、福島県第一区から立候補した右天野光晴の選挙運動者として、同候補者に当選を得しめる目的をもつて、同年一一月二四日ころ、同県伊達郡川俣町飯坂字中道一八番地菊下一雄方において、同候補者の選挙運動者である右菊下一雄に対し、同候補者のため投票並びに投票とりまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として現金一五万円を供与するとともに、右菊下一雄から同郡飯野町、川俣町及び月舘町に各居住する同候補者の選挙運動者らに供与すべき投票買収資金として、現金一〇〇万円を交付し

第二  被告人飯屋崎修太郎は、東京都中野区に本店を有する東洋土木株式会社の代表取締役をしているものであるが、昭和四四年ころ、前記天野光晴と、福島県双葉郡出身在京者の親睦団体「双葉会」で知り合い、その後同人の後援会に入るなどして同人と親交を深めていたところ、前記衆議院議員総選挙期間中に知り合つた被告人大橋松雄が前記第一記載の公職選挙法違反の罪を犯し、起訴され、逃走中の者であることを知りながら、昭和五七年二月中旬ころから昭和五九年一〇月一〇日までの間、同人の逃走を援助するため、同人に佐藤四郎と偽名を名乗らせ、東京都中野区東中野四丁目四番五号東中野アパートメンツ五一五号室を借り受けて同人を居住させるとともに、同人に毎月約五万円の生活費を支給するなどして逃走に便宜を与え、もつて、罰金以上の刑に該る罪を犯した者を蔵匿し、かつ隠避せしめたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人大橋に対する本件公訴事実について、遅くとも昭和五四年一一月二四日ころまでに公訴時効が完成しているので、被告人大橋については免訴の判決がなされるべきであるとし、また、被告人飯屋崎については、被蔵匿者である被告人大橋に対する公職選挙法違反の罪の公訴時効が完成した後の犯人蔵匿・隠避行為ということになるから犯罪を構成しない、仮りに右公訴時効が未だ完成していないとしても、被告人飯屋崎について犯罪が成立するためには、同被告人に、犯罪時より三年が経過する昭和五四年一二月以降、被告人大橋に対する公訴の提起が繰り返されていること、あるいは、被告人飯屋崎に対する公訴事実中、同被告人か被告人大橋を蔵匿、隠避したとされる期間内において同じく公訴提起がなされたことの認識が必要と言うべきであるが、被告人飯屋崎にはこれがないから、同被告人については犯罪成立に必要な故意がないと言うべきであり、従つて、被告人飯屋崎はいずれにせよ無罪である旨各主張する。

しかしながら、昭和五五年一月七日付公訴棄却決定騰本によれば、被告人大橋に対しては昭和五四年一一月五日、本件公訴事実と同一の公職選挙法違反事実により福島地方裁判所に公訴の提起がなされたが、その起訴状謄本が法定の二か月以内に被告人大橋に対し送達されなかつたため、右公訴が棄却されるに至つたことが認められるところ、前掲関係各証拠によれば、被告人大橋は、昭和五一年一一月二四日ころ、判示第一に認定したような公職選挙法違反の罪を犯したうえ、同年一二月上旬ころから、前記天野光晴の選挙運動者らが次々と同法違反の罪で逮捕され、本件受供与者たる菊下一雄も逮捕されるに至つたため、同人の供述によつて自らも逮捕されるのではないかと恐れ、同月一六日夜、自宅を出て逃走したこと、そしてその後、被告人大崎は被告人飯屋崎の援助を受け、昭和五二年一月下旬ころまではホテルや温泉旅館を転々として宿泊し、それ以後は、福島地方検察庁へ出頭した昭和五九年一〇月一一日まで、佐藤四郎という偽名を使い、東京都内のマンションや被告人飯屋崎の知人宅を転々として隠れ住んでいたこと、及び被告人大橋の妻敏子においてさえも、住居地を出た同被告人の所在・動向等を何ら把握していなかつたことが認められるのであるから、前記起訴にかかる起訴謄本の送達ができなかつたのは、被告人大橋が逃げ隠れしてしたためであると認めるのが相当である。してみると、被告人大橋に対する公訴時効の進行は、刑事訴訟法二五五条一項により、逃げ隠れていた期間、すなわち逃亡した日の翌日である昭和五一年一二月一七日から被告人大橋が福島地方検察庁に出頭した日の前日である昭和五九年一〇月一〇日までの間停止していたことになるので、被告人大橋の本件公訴事実に対する公訴時効が未だ完成していないことは明らかである。従つて、被告人大橋に対する公訴時効の完成を前提とする、弁護人の被告人大橋及び同飯屋崎についての各主張は失当と言うべきである。また、同被告人の検察官に対する昭和五九年一〇月二八日付供述調書及び被告人大橋の検察官に対する同日付供述調書によれば、被告人飯屋崎は、昭和五四年一二月ころ、弁護士から被告人大橋は逃亡しており、公訴提起もなされているから、公訴時効は成立しない旨聞かされ、そのころもはや被告人大橋の公訴時効は完成しないことを知つたものと認められるから、被告人飯屋崎には、犯人蔵匿・隠避罪の故意に欠けるところはないので、この点についての弁護人の主張も理由がない。

(法令の適用)

被告人大橋松雄の判示第一の所為中、現金一五万円を供与した点は公職選挙法二二一条一項一号に、現金一〇〇万円を交付した点は同項五号、一号にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い交付罪の刑で処断し、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人大橋松雄を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日をその刑に算入することとする。

被告人飯屋崎修太郎の判示第二の所為は、刑法一〇三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人飯屋崎修太郎を懲役一年に処し、なお情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

選挙権の行使が自由かつ公正に行われることは、国民の意思を政治に反映させるための重要な制度である議会制民主主義の根幹であるということは多言を要せず、とりわけ国政を担当する国会議員の選挙においては、それが十分に確保されねばならないこともまた自明の理であつて、これを侵害する選挙犯罪は民主主義社会において厳しく指弾されなければならないものであり、殊に人間の弱点ともいうべき金銭欲につけ入り、選挙民の選挙権を金で買おうとする買収事犯の悪質性は重大で、断じて許されるべきものではない。しかして、被告人大橋の本件犯行は、国政選挙において、選挙の自由、公正を平然と踏みにじつた買収事犯であるうえ、判示第一記載のとおり、合計金一一五万円という犯行当時においても相当高額な現金を供与並びに交付したというものであつて、被告人大橋の当時における社会的地位、犯行の動機、選挙運動者間における地位及び役割、右金員の流布状況並びに選挙民に及ぼした多大の影響等を併せ考慮するならば、極めて悪質というほかなく、しかも被告人大橋は自らの身辺に捜査機関の追及の手が及ぶとみるや、いちはやく自己の罪責を免れ、累が他に及ぶことを防止するため逃走し、その後は公訴時効の完成をねらい、被告人飯屋崎の援助を受けて約八年もの長期にわたつて逃走生活を継続してきたのであつて、このように長い期間になつてしまつたことが、被告人大橋の当初の予期に反するものであつたにせよ、法と社会秩序を不当に蹂躙したことは否定し得ないところであつて、その刑事責任はまことに重大であると言わざるを得ない。従つて、被告人大橋が当公判廷において自己の非を認め、反省の情を顕にしていること、長期間にわたる孤独と苦悩にさいなまれながら非人間的な逃亡生活の中で多大な精神的苦痛を受けてきたこと、またその間に家族の者らが受けた辛酸は測り知れないものがあること等を考慮してもなお被告人大橋に対し実刑判決は己むを得ないところである。

他方、被告人飯屋崎の本件犯行は、判示のとおり、被告人大橋の逃走を援助し、罪を犯した者に対する正当な刑罰権の発動を阻害したものであり、その態様も単に被告人大橋の逃走を容易にしたというにとどまらないものであつて、犯情は悪質である。しかしながら、被告人飯屋崎は犯行の継続を断念し、被告人大橋とともに自ら検察庁に出頭しているうえ、当公判廷において反省の情を示しており、今後は倒産した会社再建のため尽力する更生を誓つていることなどの酌むべき事情が存するので、被告人飯屋崎に対しては特にその刑の執行を猶予するのを相当と認め、被告人両名につき、その他諸般の情状を総合勘案のうえ、主文掲記の各懲役刑に処することとした次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(野口賴夫 山本博 永井崇志)

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